■全国的に展開しているZeppですが、最初に共通の特徴をお話しいただけますか?
上野 特徴は「ライブハウスの延長線上にある小屋」という考えのもと、「ライブホール」という名を付けていることですね。つまり大型のライブハウス。スタンディングもS席使用もできるという形で、各地によってキャパシティは異なりますが、2,000名前後となります。また、海外では台湾とクアラルンプールに、やはり同じようなキャパシティのライブホールを展開しています。
インタビューに応じてくださった上野功太さん
またZeppはライブハウスの延長ですから、必要な機材が置いてある形式の小屋です。メインスピーカーもあれば、FOH卓、モニター卓もある。マイクやケーブルも揃っています。特に音響部分は全国で同等スペックの機材を揃えていますので、Zeppツアーの場合はご利用される方々にほぼ同じ機材環境を提供できている点が大きな特長です。今回のFOH卓の更新でも、改めてこの特長を維持できたことは嬉しいですね。
Zeppの会場 は 1998 年 4 月 の Zepp Sapporo 開業がスタートで、それから全国各地に造っていき、現在は国内では9店舗の ライブホールを展開しています。そしてここZepp Shinjuku が 2023 年 4月にオープンした一番新しいZeppライブホールとなります。
■Zepp Sapporoが最初とのことですが、FOH卓は何を使って いましたか?
上野 当時は他社のアナログ卓でした。その後 Zepp Sapporo は 2013 年にデジタル卓の DiGiCo SD8 へと移行しましたが、DiGiCo の導入はそれ以前の 2009 年の Zepp Tokyoの機材更新 が最初で、Zepp Osaka も同時に更新をしています。それから 徐々に、全店 SD8 へと更新していきました。
■DiGiCo SD8を聴いた印象はいかがでしたか?
上野 当然、アナログ卓と比べてクリア。かつイギリスらしい音をとても感じました。低域から高域までよく伸びて聴こえ、音楽的な要素が含まれているような気持ちの良い音です。フラットな音というよりも魅惑的に色付けされた感じで、DiGiCoでなければ出せない音をしていると思いますね。
また、昔のアナログ卓より少し小さいサイズながら、36フェーダー+マスターフェーダーとフェーダー数が充分にあった。そこも決め手の1つです。フェーダー数が多いとオペレートしやすいですからね。
■SD8導入後、ステージラックのMaDi Rackを替えられたそうですが、その理由を教えてください。
上野 7年くらい前に、ヒビノインターサウンドさんからMaDi Rackがディスコンになりさらに性能の高いSD-Rackになるという情報があったのと、32bitカードが登場したということで全国のZeppに導入しています。
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FOH側、ステージ側、共にSD-Rackを使用し、96kHz/32bitを伝送する
カードを挿入 |
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■そして、Quantum 338の導入に至るわけですね。
上野 はい。この Zepp Shinjukuのオープンにあたり Quantum 338を導入しました。 新宿に新しいライブホールをオープンする時にどの卓を選択するか。実は SD10にするという話もあったんです。でも、新機種が入っている事も売りになると考えて、2020年に発表された Quantum 338の導入を強く推しました。日本で Quantum 338を導入しているライブホールは、当時まだありませんでしたので。また、保守年数を考えても、新機種のほうが有利です。そして他店舗 への入れ替えも、まさに今年が(2023年)ベストタイミングであると判断し、 8月から 9月にかけて、全 Zepp、、、つまり他8店舗のコンソールも 、SD8 から Quantum 338 へと一気に入れ替えを行いました。Zeppの音響機材の更新としてはまさに新時代へと突入した感じです(笑)。
■SD8とQuantum 338と比較すると当然スペックはアップしています。実際に使用した感触はいかがですか。
上野 SD8と比べてみて、良いことづくしですね。まずタッチスクリーンが3つに増えました。しかも、その画面の隣にツマミがあるので、オペレーターがどの位置でも操作できる。言ってしまえば、オペレーター2人でも同時作業ができます。
他には上位モデル譲りの新機能。新しいアルゴリズムとなったチャンネルストリップMustard Processing、プラグイン・エフェクターを挿すみたいな感覚で使えるSpice Rackというエフェクター・シリーズがあり、Chilli6とNaga6がラインナップされています。音の表現力は増しましたし、プラグインを使わなくても、今まで以上に音が作りこめるという感じですね。そして、なんといっても一番わかりやすいポイントは、かっこいい(笑)。マイナス点はほとんどありませんね。
■サーフェイスがかっこいいことは、意外に重要なポイントですよね。
上野 そうなんです。特にQuantum 338は、他の卓と比べてLEDがカラフルなのも特長ですね。絶妙な色加減の黒系色のボディカラーにLEDが映えます。Zepp Shinjukuは、場所柄、海外からのお客さんが多いのですが、ホール全体と合わせて卓も撮っている人をよく見かけます。心を引きつけるデザインなのだと思いますね。
■Mustard ProcessingやSpice Rackは、よく使われている機能ですか?
上野 Zeppは乗り込みオペレーターなので、そこまで手の届くオペレーターと、今まで通りの使い方をするオペレーターに分かれます。
■上野さんご自身が、便利だと感じる機能はありますか?
上野 Spice Rackですね。効果をディスプレイでも確認できるので、プラグインを使った感じに近い。そこはわかりやすいです。
■Quantumシリーズの特有の機能(Mustard ProcessingやNodal Processing、Spice RackのChill6など)はどのように活用していますか?
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Mustard Processing:
SDシリーズに入っていたチャンネルストリップに追加可能な新たなプロセッシング機能。EQやコンプレッサー、Tubeプリアンプシミュレーションなどが入っているため、今までと違う音色を創造可能。
Nodal Processing:
すべてのAUXセンドに入力チャンネルと同等のEQやダイナミクスを割り当てられるプロセッシング機能。
Spice Rack:
内部のFXとは別に追加される高機能プロセッシングで、現在Chilli6とNAGA6を用意。 |
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上野 Spice Rackは、マスターに入れておくか、ボーカルのどちらかに挟んで使うことが多いですね。ボーカルに対して、余分な所のみダイナミクスでカットしたい時、もちろんこれまでのDinamic EQやMulti-Band Dinamicsでも行えますが、Spice Rack では リアルタイムにグラフィックで見えますからね。また、ライブは大音量になりますから、耳に痛いところ をカットするためにマスターに挟んで使うこともあります。
Mustard Processingは、操作を覚えればとても扱いやすいと思います。私は Mustard Dinamicsをオペレーターさんに説明する時、音の変化が一番わかりやすいオプティカル・コンプレッサーをおススメしています。
■SD8とQuantum 338との音質の違いについてはいかがですか?
上野 内蔵クロックにした事も大きいかもしれませんが、よりミッドの温かみが増しています。Quantum 338本来の音色が出ているのだと思います。音のスピード感は96kHzなのでそこまで変わっていません。
実はステージラックはSD8時代と同じI/Oカードなので、音はあまり変わらないんじゃないかなと思っていました。しかし、Processingの違いなんでしょうね。音は明らかに良くなりました。
■Quantum Engineになって、EQやコンプの効きはより自然になりましたか?
上野 自然というよりも、押し出し感、音のヌケ感に違いがありますね。
■機材更新したZeppにQuantum 338を導入してから、JBLスピーカーのチューニングは変わりましたか?
上野 これはびっくりしたことですが、今まではZeppごとにJBLのラインアレイは調整するポイントが異なっていたんです。それがほぼ同じになりました。どのZeppでも聴いた質感が同じ、かつグレードが上がりました。
■それはどんなことに起因すると思われますか?
上野 出音が素直だから、スピーカーのポテンシャルが発揮されたということかもしれないですね。
Zepp ShinjukuにあるQuantum 338のマクロ。
テキストだけでなく、色を変えることもできる
■ZeppさんのQuantum 338のマクロ(ショートカットキーのような機能)を教えてくださいますか。ユーザーさんはすごく知りたいところだと思うんです。
上野 どうぞご自由に見てください(右写真参照)。
■オペレーターの反応はいかがですか。
上野 音の違いは、オペレーター全員が気付きますね。また、コンプの掛かり具合や EQの掛かり具合に違和感がないという声もあります。Zeppをよく使うオペレーターは、SD8で作ったデータをコンバートしている方が多いのですが、コンソールが変わっても移行しやすかったと言っていますね。
また、新しい Mustard Processing は、SD8 で作り込んだ EQプラス Mustard ProcessingのEQとダブルで使えますので、かなり緻密に追い込めるようになりました。それだけでも便利になったという人が 多いですね。また、私はオペレーターに「Mustard Processing の EQ を使うと音が良くなりますよ」とも伝えるんですね。これも確かに音が良い意味で全然違う・・と、皆さんすぐ気付きますね。
■Danteカードは録音に使用されているんですか?
上野 いいえ、サブミキサーに搭載しているDan Duganのオートミキサー機能と繋げたかったからです。オートミキサーは企業イベントや、いまはアイドルのコンサートでも使われるようになってきていまして、ある意味でマストな機能なのです。また、Danteの将来性にも期待していて、例えば乗り込みオペレーターさんの何かと接続したいという要望にも応えられます。
Quantum 338のリアパネル
■他にI/O周りで良かったポイントはありますか?
上野 UB MADI端子はとても便利ですね。ちょっとしたプレイバックや、Macがあればドライバーなしで48ch録音ができる。しかも、出力を48kHz/24bitに変換してくれますので、そこが便利という人は多いです。96kHzで48chだとすごく容量が増えますから。そういう手軽さもあります。最初は使うのかな? と疑問に思っていたんですけど、こんなに使えるとは思ってもみませんでした。
■終わりに、DiGiCoに期待している事をお話いただけますか?
上野 インターナルのエフェクターですね。もうちょっと効きの良いリバーブを期待しています。外部ハードウェアのリバーブの必要性がなくなるような。特に Slate Digitalの リバーブが導入されることを期待してます、あれが卓に入ってくれたらすごく嬉しいです。
■ちなみにDiGiCoはSpice Rack機能がバージョンアップでエフェクターが増えると公表しています。
上野 さらに香辛料の名前が増えていくのでしょうか(笑)
■DiGiCoがSpice Rackと名付けた理由は「MIXにSpiceを」なのだそうです。
上野 ユーモアがありますね(笑)。新しいコンソールなので、今後のアップデートに期待しています。
ありがとうございました。
■各Zeppホールの皆様